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 したがって、真理瞑想行では、人間の生命に与えられている法則という、普通の人の知らない貴重な人生案内が主眼とされている。厳密に言うと本来の真理瞑想行は、与えられた問題を、誰にも教えられず、自分なりに考えて、それが正しい真理に合致するまで何年でも考えさせる、というのが本当の方法である。
 私は、インドの山の中でその修行をしてきたが、その間に与えられた問題は、たとえば、「心とは何だ。お前の現時の心はお前の本当の心か」あるいは「人間とは何だ」ということを考えていくというものであった。日頃そのような研究をしている人でも、一つの問題に三月や半年はかかるものである。しかし、現在そのようなことをしていたのでは、一つの問題を解くどころか半分も解決することはできないであろう。そこでこのような変則的な方法であるが、あなた方が悟る代わりに私からお伝えするのである。
 ただこの方法は、苦心して自ら悟るものではないために、いいなと思いながらも、時としてせっかく得たものを無に化す恐れもある。ですからあなた方も私のように、自分の肉体に重い病を持ち、その病と闘いながら、親からも国からも離れてただ一人、ヒマラヤの山奥で端座瞑想して真理と取り組んでいるのだという厳かな気持ちできいていただければ、それは、天風から自分に告げ知らされたものではなく、あなた方の魂が、あなた方の心にそれを悟らせていると考えていいでしょう。そうすれば、自分が苦心して悟りを開いたのと、その結果は五十歩百歩、大して違わないことになる。
 悟りというのは、自分の心が真理を感じたときの心の状態をいうのである。したがって、真理を自分の努力で自分の心で感じるのも、人の悟りを耳から聞いて自分の心に受け入れるのも、受け入れ方に相違があるだけである。
受け取ってしまえばその結果は同じである。真理を受け入れるときの心の態度が、悟りを開く上に密接な関係があるからこそ、安定打座で心をきれいにさせているのである。



中村天風(本名 中村三郎)の悟りの内容については、


 三郎の激しい心的訓練は続けられた。轟々(ごうごう)と耳を聾する(ろうする)程の音を立てて落ちる滝壺で、坐り続けた三郎の耳は、鳥の声や土虫の声を聞くほどに集中しきった。激しい修行の中で、三郎の魂の夜明けは近かった。 
 ついに三郎は、大地を叩き、涙、滂沱(ぼうだ)として流れる大感動の下で、聖なる体験に到達するのである。
 三郎は、感動的な聖なる体験の中で、「わが命は、大宇宙の生命と通じている」と直観するのである。
 生命は、生きて、生きて、ひたむきに生き抜くものである。
 生き抜くために生命は、強い力と素晴しい知恵を保有している。
 生命は、力と知恵を行使して、絶妙な創造活動をする。そして生命は進化し人間は向上するものであると、三郎の澄んだ目に宇宙の様相が明確に見えてきた。
 かって三郎が抱いていたこだわりは氷解し、宇宙には目的があり、その方向性と法則性の中に、人間は生きねばならないと、すんなりと三郎は了解した。


以上 運命を拓く 天風瞑想録 講談社より


また心身の神癒の中に


第十三話

12 自分の心臓の脈膊を聞き、心臓を通して膊動している神の生命の全き流れを知るがよい。実在においてあなたたちは父の中にあるキリストの心臓と一つなのである。



という言葉があります。

わたくしは、今、いろいろな真実の情報が発信・統合され、それが巨大な力になって、津波のように人類に押し寄せてきているような気がしています。


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きいたかぽん

Author:きいたかぽん
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某国立大電気工学科卒
制御装置、コンピュータ関連装置の開発経験を経て
独立

自身の ”がん”の手術直前に ”がん”が消えていた体験から
死と直面し、
死ぬときに残るのは”愛”だけと気づき、新しい生き方を探すようになる。

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