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神は 在りて在るもの
神は愛
愛は神

愛は在りて在るもの
だから、愛は感情ではなく存在

1-2愛は全宇宙の中心である
この中心より絶えざる愛の流れがすべての魂、生きとし生けるものを通じて流れている
花々を通じ、動物たちを通じ、人間と天使たちとを通じて、この愛が中心の泉より絶え間もなく流れ、愛自身の真実の姿を永遠に表現(あら)わしている(心身の神癒 第1話)

1-3愛は鉱物における親和力である。愛は花々における本質である。愛は動物の本性となって現れ、人にあって愛は愛情となって現れる。このことを完全に悟った時その人の全存在は愛に満たされ、肉体の全細胞が活力を得るのである。(心身の神癒 第1話)

神と神我は一体
神我は愛

愛に満たされることは、神我に満たされること
神我に満たされることは、愛に満たされること



心身の神癒 第13話 抜粋 太文字は下名による強調


13-82 意識が発展するにつれて、それはその展開〔内容〕を現象化する。理解したことが〔単なる抽象的理解にとどまらず、具体的な現象として〕見え、かつ納得(なっとく)されるようになる。あなたたちの意識は神の分霊(キリスト)が顕現し、来るべき更に大いなる世界を展開する媒体である。
13-84 創造の場は自分の中にあることを悟り、信念を以て求めるならば、わたしの名において父に求めるならば、あなたたちのために父が為(な)し給わぬものとては何ひとつない。故にあなたたちの裡なる神の分霊(キリスト)の名において求めよ。わたしはあなたたちの求めを聞き、あなたたちの求めるものを実現する。
13-85 なぜならば、あなたたちはわたしの実を結ぶぶどうの技であるからである。豊かなる実が成るのである。わたしによってあなたたちはあらゆることを為すことができ、わたしなくしては何ごとも為すことはできないのである。
13-86 わたしは自分ひとりでは無(ゼロ)である。語り給うのはわたしの裡(うち)なる父のみ霊(たま)である。これらのことすべて及びそれ以上のことを父は為し給う。

13-87 あらゆる〔正しい〕想念と話しとの背後にはわたしがいる。わたしは普遍である。わたしの愛があらゆる智識と英智と力とへの鍵である。
13-88 わたしの愛はあなたたちの意識を内界において発展させる。そしてあなたたちの中で愛が展開するにつれてあなたたちはわたしについて一層多くのことを知るようになる。
13-89 たとえあなたたちが滔々(とうとう)と懸河(けんが)の弁(べん)を揮(ふる)おうと、胸(ハート)にがなければ、あなたたちは喧噪(かしま)しいシンバルにすぎない。
13-90 たとえあらゆる智識を得、どんなことでも為しうる信仰を行(ぎょう)じようと、胸にがなければ、あなたたちの為すことは何らあなたたちの為にはならない。
13-91 幸(さち)うすき人々に施しをし、貧しき人々に食を与えても、がなければ、何もしたことにはならない。
13-92 は理解されなくても親切にし、咎(とが)めることなく、不正に堪え忍ぶ。
13-93 は悪に酬(むく)いるに悪を以てすることなく、悪に対するに善を以て酬いる。は柔和のうちに、それら悪を正しく判断して導く。
13-94 はあらゆる力ではあるが、謙譲(へりくだり)りである。は空虚な誇示をすることなく、その業蹟を誇ることもない。
13-95 に決して失敗はない、は神であり、神はであるからである。
13-96 あなたたちの胸(ハート)が愛の胸とともに膊動するならば、愛の聖なる流れがあなたたちの胸に流れ入る。平安があなたたちの心に入り来り、あなたたちの魂は天にましますわれわれの父の真性を放射するようになる。
13-97 わたしは愛なる吾が父に語るのが楽しみである。父の愛はあらゆる恐れを駆逐(くちく)する。あなたたちの胸に父の愛があれば、いかなる害も近づくことはできない。では平安なるがよい、そしてわたしがあなたたちと偕(とも)なるを知るがよい。
13-98 愛は常に裡(うち)にあり、あなたたちを取り囲んでいる親切なる闇の中に住んでいる。
13-99 この闇を恐れてはならぬ。わたしは闇に打ち勝つ光だからである。しかし闇は光を理解しない。光りのみが理解するからである。
13-100 闇とは心の中の影である。しかしその影を通しその影によって神我(キリスト)は力と栄光との中に咲き出るのである。この力を自覚せよ、そうすればあらゆる〔悪しき〕状態はあなたたちより過ぎて逝(ゆ)く。もろもろの責任やいかなる仕事からも、たとえそれが十字架であろうとも、尻込みしてはならぬ。克服することによってあなたたちは〔神我を〕展開することに歓喜を見出すであろう、あなたたちは自分が闇に打ち勝つ世の光であることを知るからである。
13-101 理解するのは光である。闇は理解しない。光あるところ、闇は消える。
13-102 裡なる神我(キリスト)に栄養を求めるものは強くなる。それは何ものも外部から攻撃することのできない真理という岩の上に建てられた家である。
13-103 あなたたちの中に宿っているわたしの沈黙の愛を求めよ。すべてのものを愛せよ、すべてのものを愛を以て祝福せよ。そうすればわたしはあなたたちをその百倍も祝福しよう。
13-104 あなたたちが愛を以て祝福する時、わたしはあなたたちの中にあって歓喜ぶからである。あなたたちが愛する時わたしはあなたたちの中で働いており、あなたたちの傍にいる。わたしは愛だからである。
13-105 あなたたちの愛に対して利得や報酬を求めてはならない。又あなたたちの愛を人々の前で見せびらかしてはならない。ひそかに愛を為せ。人を喜ばすためではなく、神の愛のために、手の届く限りのことをすべて為せ。13-106 あなたたちは未来であり、過去であり、現在である。このことは今すぐ学び知るがよい。そうすればわたしはあなたたちの中で今働くことができる。そうすれば、真実でないものはすべて元の古巣の奈落に急転落下するであろう。
13-107 〔かくて〕あなたたちはすべて、この業(わざ)を為すのにふさわしい本来の在るべき処に納まったのである。あなたたちが神我と共に活動しておれば神に失敗はありえない、あなたたちはわたしの実を結ぶ葡萄(ぶどう)の樹の枝であるからである。
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【】
こんばんは。

愛について、聖書のコリント前書13章を思い出しながら拝読しました。

「ひそかに愛を為せ。人を喜ばすためではなく、神の愛のために、手の届く限りのことをすべて為せ。」

今の私に特に響く言葉です。感謝!
【Re: 神の愛のために】
ご訪問とコメントに感謝申し上げます。


コリントの信徒への手紙 一 13章(パウロによる愛の賛歌)

たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、私は騒がしいどら、 やかましいシンバル。たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。


という、有名な箇所ですね。
愛についての、惚れ惚れするような言葉です。

>「ひそかに愛を為せ。人を喜ばすためではなく、神の愛のために、手の届く限りのことをすべて為せ。」

については、今の下名も何か感じるものがあります。

ありがとうございました。
【】
きいたかぽん様。
いつも素晴らしい神様の言葉をお伝えくださって、
心より感謝いたします。
神様に生かされ、育てられている私達です。
想、言、行を持って、神様に示しているのですね。
相手の中に神様が、
出来事の中に神様が、
行為の中に神様があられる事を、自覚して生きることに努めたいと思っております。
これからも、素晴らしき神様の言葉をお伝えくださいね。世の方々が、皆、神様の子としての自覚を持ち、そして、愛を注ぎ合うことが出来る事を魂の底から願うと共に、自身もそう在りたく思います。
本当にありがとうございます。
【Re: きいたかぽん様。】
百合 様

ご訪問と素晴しいコメントに感謝申し上げます。

>世の方々が、皆、神様の子としての自覚を持ち、そして、愛を注ぎ合うことが出来る事を魂の底から願
>うと共に、自身もそう在りたく思います。

全く同じ思いです。
その為に私自身、愛の力を実証するという分野でクリアーしなければならないことがあり、それが思うように進んでいないような気がして、歯がゆい思いで一杯です。しかし、神のご意思は誰も変えることができません。勝利は確定しているのです。忍耐強く神我が大きく育つのを待つことも必要なのでしょう。
何かの本で読んで記憶の片隅に残っていますが、人類の精神レベルは幼稚園の年中さんレベルという記述がありました。わたくしの場合は、その通りのような気もします。早く、一人前のおとなになりたいものです。

また機会がありましたら、コメントをいただけたら幸いです。
ありがとうございました。

【】
キリストとは、悦びのことですね。

ありがとうございます。
【Re: キリストとは、悦びのことですね】
ご訪問とコメントに感謝申し上げます。

心身の神癒の第3話に

3-65 神の臨在より生ずる充ち満ちた歓びと、神と偕(とも)なる至福は、他のいかなるものよりも神我(キリスト)意識を助長する。外を観るな、内を観よ、そして自分が実在であることを知るがよい。自分(アイ)は実在(アム)である。自分は真実なるものである。自分は久遠である。自分は神の霊である。自分は生命である。このことを悟った時、魂は歓喜する。外部よりの雑音が静まり、神に属せぬものすべてを観破した時にこの法悦(よろこび)は来るのである。


という、言葉があります。早く悟り、その悟りを人類のために活かしていきたいと思っています。
人生を賭ける方針は決めました。悟得とその実践こそ、いまの下名の課題です。

ありがとうございました。
【】
悦び(法悦)は神との一体感そのもの、それはキリストのことであり、天国のことですね。

悦びで満たされているとき、世界を救済しているのですね。

ありがとうございます。
【Re: 悦び(法悦)は神との一体感そのもの】
halleluiah 様

ご訪問とコメントに感謝申し上げます。

非常に重要なヒントを頂いたと思っています。

それは、わたくし自身の心の中にある ”喜 ”にアクセスすると、
神やキリストにより近づきやすくなったような気がすることと、
ヨロコビ(喜、悦び)の中で、愛が放出されているような感じを受けました。
確証とまでいっていないので、まだまだ確認していきたいと思います。

ありがとうございました。
【管理人のみ閲覧できます】
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【】
喜ではなく、悦ですね。
条件付けのない悦びです。

悦びは、光とそっくりではないですか?

神が創造されたのは、悦び(キリスト)しかないのですね。

思考(マインド)ではなく、感じること(ハート)ですね。

ありがとうございます。

【Re: 喜ではなく、悦ですね】
ご訪問とコメントに感謝申し上げます。

少し時間を頂いて考えてみましたが、
なかなかすっきり理解することも、感じることもできません。

ですが、今分からなくても、何時か分かるときがくるかも分かりません。

ありがとうございました。
【ご訪問ありがとうございます。】
はじめまして。

先日は、私のブログにご訪問いただきましてありがとございました。
私も「心身の神癒」を一節ずつ綴りつつ、愛と悦び、そして真理の探究を学んでおります。

表現の違いはあれど、これが何かのご縁になりましたら光栄に存じます。

ありがとうございます。

【Re: ご訪問ありがとうございます。】
ご訪問とコメントに感謝申し上げます。

ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。

下名も 心身の神癒 をベースにして、
真実の探求とその実践を目指しています。

もしよろしければ、ブロともになりませんか。

ありがとうございました。
【ありがとうございます。】
きいたかぽん様

ご丁寧なご返信をありがとうございます。
ブロともへのお誘いもまた、ありがとうございます。

こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。

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きいたかぽん

Author:きいたかぽん
FC2ブログへようこそ!

某国立大電気工学科卒
制御装置、コンピュータ関連装置の開発経験を経て
独立

自身の ”がん”の手術直前に ”がん”が消えていた体験から
死と直面し、
死ぬときに残るのは”愛”だけと気づき、新しい生き方を探すようになる。

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