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人間は 永遠の生命を持つ なぜなら 人間の本質は神であるから。
人間は、『在りて在るもの』(何ものにも依存しないで在る存在) ではなく 『吾在り』(神がある限り存在する)という存在である なぜなら 神がご自身をもって人間を創り給うたから。存在そのものは、神に依るから。

さて、
3-61 来る日も来る日も諄々(じゅん)としてあなたたちに説かれる神のみ教えを父なる神に感謝するがよい。
という言葉はわたくしの好きな一文である。
この言葉には、神の愛を感じ、未熟な自分自身に歯がゆい思いをし、本当に感謝とともに、頭をたれてしまう。




2-6 先ず始めに、『吾あり』、そして又『永久(とわ)に在るべし』を徹底的に学ぶことである。あなたたちの現在の状態は霊的進歩のための機会である。あなたたちの今在る状態は極めて必要なものなのである。およそ存在するものことごとく霊であり、霊の他には何ものもありえない   という大いなる真理を学びとるようになるとき始めてあなたたちの目より鱗(うろこ)が落ちる。

3-25 神の分霊がわれわれ各人の中における生ける神の臨在である。即ち、神が神御自身を現しつつあるのである。それ以外にはあり得ない、なぜならば神のみが独在(ましま)すからである。太初にそうであったように神のみが生きてい給うのであり、また未来永劫に神のみが生き給うのである。神我(キリスト)は分離しているのではない。神我はあなたたちの中に、そして又わたしの中に等しく臨在している。神我とは、御自身を表現し給う生ける神である。わたしが、『吾は命なり』という所以(ゆえん)がここに存するのである。父なる神は御自身の中に生命を持ち給い、その子が同じ神の生命をその子自身の中に持つことを許し給う。

3-61 来る日も来る日も諄々(じゅん)としてあなたたちに説かれる神のみ教えを父なる神に感謝するがよい。

心身の神癒 より



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ある人が浜辺の浪打際で、砂のお城を作っていました。
波に洗われると、必死で砂を補強し、何とかお城の体裁を保っていましたが、最後には力尽き死んでしまいました。砂のお城は、死ぬと同時に波に洗われてなくなりました。
次に生まれたときも、同じように 砂のお城を作りましたが、同じように最後には力尽き死んでしまいました。
何度も何度も、生まれては死に、生まれては死にました。

ある人生で、砂場の近くに、大きな岩場があることに気づきました。
ちょっと、あの岩場にお城を作ればいいと思いましたが、周りのみんなは浜辺の浪打際でしか作っていないので、
相も変わらず浜辺の浪打際でお城を作りました。
何度も何度も、生まれては死に、生まれては死にました。

そのうち、もう浜辺の浪打際で、砂のお城を作っても 何にもならないと思うようになりました。
もう、満足できなくなったのです。
そして、ついに、あの岩場にお城を作ることを決心しました。
いま、基礎を作っている最中です

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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きいたかぽん

Author:きいたかぽん
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某国立大電気工学科卒
制御装置、コンピュータ関連装置の開発経験を経て
独立

自身の ”がん”の手術直前に ”がん”が消えていた体験から
死と直面し、
死ぬときに残るのは”愛”だけと気づき、新しい生き方を探すようになる。

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