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神は私にこう語った   という本でも平安をやすらぎ という言葉で表しています。

愛と平安は切っても切れない関係にあるようです。

すべてのひとが 愛と平安と善意 で生きていくことができますように。


以下 心身の神癒  よりの「平安」に関する記述の抜粋です。




1-44 平安があなたたちの魂の中に来り、かつては悩みのもとであったものも、もはやあなたたちを困惑させることはないであろう。わたしのものはすべてこれあなたたちのものでもあることを知るようになるが故に、あなたたちはもろもろの世事に苦しめられることはないであろう。

1-49 〔そうすれば〕あなたたちのエネルギーは更新され、もともと時間、空間なるものを知らず、常在かつ久遠にして時間、空間を何ら要因としない処のものより来たる平安と静謐(せいひつ)とを以(もっ)て、あなたたちは、今後迎えるべき体験の大道を更に拡大するであろう。

1-58 〔神を〕顕現する心構えができた分だけあなたたちは神に似つかわしくなったのである。人類の胸(ハート)の中にある神の子即ちキリストが人々に手を差し伸べ、早く人間自身の神性意識に目覚めよと促している。なぜならば各人一切の中に神我は在って永遠に生きているからである。この真理に気付いたとき胸(ハート)は永遠に平安である。

1-88 自分たちも又キリストの誕生より昇天に至るまでのあらゆる楷梯(かいだん)を経過しつつあることを知ったとき、平安と静謐(せいひつ)とがあなたたちの心の中に入り来たるであろう。


*=*=平安と愛なんじらと共にあれ=*=*
おお、愛なる久遠の父よ、われら貴神の臨在の中にありて悦び限りなし。われらは貴神が常にわれらと偕に在り、われらまた貴神より離るること能(あた)わざるを知る。
われら貴神の生命と愛とを顕現しつつあり。貴神は、来るべきことに人々を備えさせんがために吾をこの世に送り給いぬ。しかして彼等貴神の天使となり、貴神の愛を又他の者に伝えん。
これぞ生命の悦び。この悦び恒に又恒にわが悦びなるが如く、その如くに彼等のものとならんことを。朝に昼に夕(ゆうべ)にそれが彼等の合い言葉となり、かくて常に平安に在らんことを。
よしや無知の暗貴神の臨在の光を昏まさんとも、彼等を助け給いて『吾は主なり。ありとしあらゆるものを統(す)ぶる権能を与えられたり。』という聖なる真理に開眼せしめ給わんことを。
貴神の平安をわれ彼等の許に遺さん、それは貴神の平安こそは久遠なるが故なり。彼等はそれを求め、それを見出さん。アーメン


2-13 裡なる実相を、その驚くべき愛と平安との力を、外に顕現せしめよ。全宇宙を貫いて存する創造原理は人間の目には見えず、天使達の目にも見えないが、ありとあらゆるものの中にある実相として、形成過程として、創造原理として実存し、それによって一切の目に見えるものが現れ出るのである。故に、無知と恐怖(おそれ)とで裡なるものを曇らしてはならぬ。

2-23 肉眼をもって事物を見れば事物が事物として感じられ目に見えるが故に、それを本物だと人は云う。しかし彼の見ているのは、不可視のままにとどまっているより大なるもの、即ち、創造力、生命、宇宙の中に久遠に存続する唯一の力、が外側へ顕れたものに外ならない。この力こそあなたたちやわたし、更に又生きとし生けるものの中にあって生きている生命原理である。この生命が愛であり、この生命が平安である。『わたしは生命である』。

2-60 わたしの中で、平安を得るがよい、とかってわたしは語ったことがある。世にあるあなたたちは苦難に遭うであろうが、勇気を奮い起こすがよい。わたしはすでに世に打ち克ったのであるから、あなたたちもまた世に克つのである。

3-4  父なる神のみが生き給い、しかも神は愛であり、智であり、平和であり、唯一無二の実在であるというこの真理を認識し、把握することによって、それが自然と発露してそれ自身を顕現していくようにしさえするならば、あなたたち全員の裡には常に平安と愛とが変わることなく存在しつづけるであろう。

3-14 あなたたちがわたしを認め、わたしの生命が久遠に活発として働いていることを認める時、わたしはわたしの神性を現す。わたしの生命の久遠なる特質を認めるのは、神我(キリスト)があなたたちの中で顕現しつつあるという事である。天上天下にこれ以上の大きな力はない。天上天下のあらゆる権能(ちから)がわたしに与えられているのである。これがわたしの本態であり、神の愛の現れである。わたしの生ける臨在が常に活気凛々(りん)としてあなたたちと偕にある以上、それがあなたたちにとってどういう事になるのかを胸(ハート)の中で考えるがよい。その事をよくよく了解することの中に栄光と平安とはある。


3-57 神我の力をより深く悟るにつれてその力が神の愛と英智とであることがハッキリと解ってくる。なぜならば、神我は神の子であるからである。わたしは律法を破壊するためではなく律法を成就するために来た、といったが、それに間違いはなかったのである。なぜなら、わたしは天に在る大いなる力の教えを地に――すなわち、裡なる神我の力を外に――もたらしたからであり、この力とは即ち神の霊と智慧である。それは、調和や平安のごときあらゆる善き事を築きあげる者である。それは永遠に存続する、しかし不調和は無知の中にのみ留まる。無知は死であり生命ではない。

3-69 齷齪(あくせく)した生活から離れて天国に入り、吾が内にありて吾を通して働く者に気付くことである。その力が自覚されれば肉体は更新され、心も更新され、心情(こころ)に平安と愛とがもたらされる。神我すなわちあらゆるものを支配する力を悟るとともに、周囲の物事の運び方がずっと円滑になり、心や肉体や環境の諸状態も調和し始めることに気づくであろう。

3-70 静かなる瞑想と悟りの時間(複数)はあなたたちの意識に神我(キリスト)の完全さをもたらす。その後はもはやあなたたちは外部の状態(ありよう)を顧慮する必要はなくなる。不調和に影響されることもなくなる。それ自身愛であり、平安であり、英知であり、久遠の真理であるものと偕なるが故に、あなたたちは常に平静であり平安である。


3-73 愛は恐怖(おそれ)を駆逐(くちく)し、不義に抵抗しない。返すに愛を以てする時、心平安となる。その時始めて父なる神は働き給いすべてを克服し給う。不義に怒れば、心は騒ぎ乱れ、羨み、嫉妬(そねみ)、怒りにみたされれば、愛は消える。愛こそはかくのごときものすべてを消し去るこの世における唯ひとつの力である。
3-74 心平安となって始めてあなたたちの中に神がおんみずからを顕現(あらわ)することが可能となるのである。

5-8 恐れるべきものは何ひとつないのである。故に、耐え忍び、父なる神をしてあなたたちの為に語らせるがよい。なぜならば語り給うのはわたしの裡なる父神であるからである。わたしみずからは無(ゼロ)である、しかしわたしの中に宿り給う父なる神は全てであり給う。父なる神はわたしを知り給い、わたしは父なる神を知る。わたしは父なる神を知るが故に、父なる神はわたしの中において、わたしを通して語り給う。かくしてわたしは父なる神の平安と愛と癒しと英智とをもたらす。


5-38 父なる神の愛は偉大であり、強力であり、圧倒的である。この父の愛があなたたちの中にあれば、父の歓びがある。父の愛と平安が常にあなたたちの中において君臨せんことを。

5-62 父なる神が導き給うが故にわたしは自分の力を賢明に用いる。故にわたしの愛はすべての人々に及ぶ。父が愛であり、その一切の被造物を愛し給うことを知っているからである。ただ肉の感官のみがあらゆるものに対するわたしの愛と平安とを理解しえないだけである。


6-25 神我には一切が既知ではあるが、人がその神我を開顕する時までは、彼の裡なる意識にすべてが啓示されるわけではない。開顕した時裡なるみ霊はその栄光、その力、その髄質(エッセンス)、その愛、その平安を啓示するであろう。心の静穏を通じてのみ真理は真理自身を展示する。


6-41 あなたたちがキリストに在って強くなる時、あなたたちの胸は平安であり、憐(あわ)れみと愛とに満ちる。では、わたしが父を知るが如くにあなたたちも父を知るがよい。わたしは父を、父のすべての愛を、父のすべての栄光を、憐(あわ)れみを、英智を、そして力を人間の形において顕現しているのである。わたしはこのことを自分の意識の中で知っているからこそ、真理がすべての人々に啓示されるのである。


6-61 神の音楽、愛、英智は魂を通じてそれ自身を現す。このようにしてあなたたちはそれが自分の肉体に顕現するのを意識する。わたしの平安と愛とをもたらし、わたしの平安と愛とをあなたたちの許にとどめる、とわたしが云うのもその為である。


6-69 沈思黙考の時間(複数)にこの真理を悟得するならば、あなたたちの周囲の雰囲気には英智と愛とが立ち籠(こ)めるであろう。あなたたちの愛と平安とは世界の助けとなるであろう。


6-84 父が顕現(あらわ)れて地上の母の中に御自身の似姿を創造(つく)り給う。この真理、即、自分が天に在す自分の父の似姿であること、自分の中に父の愛と力、平安と栄光とが宿り給うことを知ること、体悟することは、あなたたちにとって何という驚嘆であることか。


6-89 平安とすべての人々への善意とを捧げて父の家に入るがよい。そうすれば、父がもろもろの国民(くにたみ)を正しく統治し給う。

7-44 あなたたちがあらゆる生命を通して作動し給うわたしの父の最高の表現体となり、光を放ち、内奥の深い平安を現し、かくして無意識のうちに神性を顕現するようにならんがためである。

7-45 この内奥の平安は大いなる謙譲(へりくだり)の標識(しるし)である。この謙譲の極(きわ)みが「われ自らは何事をも為す能わず、常にわが裡(うち)に留まり給うは父、その父こそみ業を為すなり」である。


7-90 あなたたちがあの平安の状態、神の心の中にあれば、其処には「光り在れ、と云いしに、光り生じぬ」創造原理がある。

7-91 この同一の力があなたたちの中にあるのである。この自覚を以て、「平安」と云えば嵐も止むのである。深き悟りを以てそう云うがよい。み霊の力を以て、吾、「生命なり」との神我の悟りを以て、云うがよい。「愛する父とわたしとは一体である」。

7-111 すべて重荷を運ぶ人々よ、平安であれ。わたしに聞くがよい、わたしの声はあなたたちを導き、わたしの力はあなたたちを支え、わたしの愛は常にあなたたちの許にとどまるであろう。


8-29 真理の解釈を誤ると意識は惑乱する。しかし神我こそが至高のすべてであるという真理を知り始めると、身内に或る静けさが生まれ〔それにつれて〕外なるものもまた静まる。わたしの平安をわたしはあなたたちにもたらす。

8-30 あなたたちは自分の魂の中にわたしの平安を感ずることができる。では、わたしやあなたたちの許(もと)に常に留まってい給うのは父であることを把握した上で、そのすべての力と栄光とを以て神我に語らしめるがよい。わたしを通してあなたたちに語っておられるのが神我(キリスト)である。


9-35 肉を信ずる者はすでに死んでいるのである。しかし神のみ霊が自分の中に宿っていることを真に信ずる者は久遠の生命と平安との中にある。これが神我であり、その神我が、わたしを見た時は父を見たのである、と語るのである。




9-67 最(い)と高きものも最と賤(いや)しきものも共に唯ひとつの聖霊の表現(あらわ)れであることを知るがよい。そうすれば最と賤しき者も最と大いなる者となり、最と大いなる者も謙遜(へりくだ)るようになるであろう。
9-68 これ〔この心境〕がわたしの平安である。これがわたしの愛である。これがあらゆる魂の中に宿る神我(キリスト)の力である。あなたたちも又その通りに成るがよい。


9-73 心臓(ハート)の中に平安と愛とがある。あなたたちみんながそうなのである。神我なる種子が世の闇の中に蒔かれており、この種子が世の光りである。


9-92 〔かくて〕肉体というライオンは消え去り、神の愛のみが生き、無礙(むげ)自在となる。わたしが地上に生きていた間中わたしの意識に極めて強烈に響いたのが此のことであった。その時、力ずくで生じさせたものは、力に頼ってのみ存続しうるが故に、力は決して平安と幸福とを世にもたらすものではないことを悟ったのである。

9-100 銘記するがよい、常に生長していなければならないのである。しかしそれを〔意識的に〕求めてはならない、ただ真理の中で自然に生長するようにするがよい。すべてのものに平安をもたらすのは愛の美しき調和である。この平安を通じて生長はなされる。

9-101 わたしがあなたたちの間を廻っていると、あなたたちがわたしの愛の霊気に感応するのが手にとるようによく解る。わたしは又あなたたちがあなたたち自身の魂の裡なる神我の霊気にも感応するようになることを望む。そうすればあなたたちもわたしに備わっているこの平安、この愛、この力を自分のものとするようになるであろう。


9-128 夜の闇の後に朝日の美しさは輝く。わたしはわたしの平安をあなたたちと偕ならしめる。神我のこの力があなたたちの中で働かんことを。


9-132 この栄光輝く真理があなたたちを神の愛に、そして又強大なる臨在の平安と調和と剛毅と力とに開く。この平安の中に力と自由とはある。


10-46 心が惑乱していると平安はありえない。わたしに惑乱はない。わたしは自分が生命であることを知っている。もしもあなたたちの心が、お互いを分離させ合っているいろいろな観念や信仰のために惑(まど)い乱れているならば、あなたたちは決して「唯一、無二」の久遠の神を知ることはできないのである。


11-36 すべての人々への平安と善意との福音を伝える人こそわたしは歓ぶ。


11-39 わたしは父と一体である。わたしが分割されて誰かの中に宿るということはない。あなたたちは父の中で生き、かつあなたたちの生存を保っているが、わたしはその父と一体である。故に父の中においてわたしは全体であり、かつ又、あなたたちの中でも、すべてのものの中でも又その通り〔全体〕である。わたしの平安とわたしの愛とを以てわたしはすべてのものを祝福する。

11-45 ダニエルの霊視像はこれらの太陽天使(35)の表現〔の一つ〕である波長の映像である。太陽天使はこの地球そのものと地球上に生存するあらゆるものの発展と向上とのために働いている。その終局とするところのものは平安と愛である。わたしはこの教えを今こそあなたたちに伝える。まことにあなたたちに告げるが、終局とするところのものはあらゆる魂の間における平安と愛と善意である、と神は定め給うているのである。



11-68 故に、あなたたちに与えられている数々の祝福について考えてみるがよい。あなたたちが自分の裡(うち)なる生ける神我(キリスト)を認めかつ把握すれば、あなたたちは直ちに父の臨在の中に入っているのである。あなたたちは直ちに神の愛を表現するようになり、その瞬間にあなたたちは雪のように純白となるであろう。
11-69 これがあなたたちに対してわたしのもたらす平安である。もはや〔あなたたちの〕心は地獄の恐怖の綱に捕われることなく、悪の恐怖に捕われることもない、神我はあらゆる物と事とに対する主権を与えられた勝利者だからである。


12-12 わたしの思想、わたしの言葉は実に今あなたたちの魂の奥深くからの傾聴を要求しているのである。これらの言葉はあなたたち自身の一部となり、遂にあなたたちの生命・生活・生涯(ライフ)にそれが具体化して平安と調和と観喜(よろこび)とをもたらす。


12-48 あなたたちの裡なるキリストが、天と地とを愛もて統(す)べ給う唯一無二の生ける神という真理を証しするために肉の中に宿り給う神の言葉である。このことをこれ以上あなたたちに説明する必要があるだろうか。それはあなたたちに任せる、そうすればあなたたちはそのことを自分で考え抜き、考え抜くことによってあなたたちの魂に平安がもたらされる。


12-56 神はその聖なる種子を生長、展開させるためにあなたたちの中で働き給うが故に、あなたたちの心、あなたたちの身体(からだ)と環境には大いなる平安がなければならない。神の創造のお働きはあなたたちを通してなされるからである。


12-112 わたしの父は完全無欠である。一人でも迷ったままに棄て置くことはなく、みんな見つけ出し、群に、連れ戻して歓喜(よろこ)ぶのである。それは群れが揃って完全となるからである。これが神の御意志――お互いの愛し合い、完全なる幸福と平安――とである。


12-113 この平安は実現する、すでにそうなるように定められているからである。


13-96 あなたたちの胸(ハート)が愛の胸とともに膊動するならば、愛の聖なる流れがあなたたちの胸に流れ入る。平安があなたたちの心に入り来り、あなたたちの魂は天にましますわれわれの父の真性を放射するようになる。


13-97 わたしは愛なる吾が父に語るのが楽しみである。父の愛はあらゆる恐れを駆逐(くちく)する。あなたたちの胸に父の愛があれば、いかなる害も近づくことはできない。では平安なるがよい、そしてわたしがあなたたちと偕(とも)なるを知るがよい。

14-60 あなたたちが真に愛するならば敵は一人もいなくなる。このことが十分に認識されると、それがどんなに真実であるかが分かるようになる。利己心と無智とが融け去って始めて真理である愛が顕現するのである。父の愛の家に敵が存在しうる筈がない。悉皆(あらゆるもの)が愛と平安の中に住まなければならない。さもなければあなたたちは〔父の愛の家の〕中にはいることはできないのである。天に入るには自分自身が天を持ってこなければならないのである。




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きいたかぽん

Author:きいたかぽん
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某国立大電気工学科卒
制御装置、コンピュータ関連装置の開発経験を経て
独立

自身の ”がん”の手術直前に ”がん”が消えていた体験から
死と直面し、
死ぬときに残るのは”愛”だけと気づき、新しい生き方を探すようになる。

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