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壁にぶつかった。

結局、偽物を排斥するしかないのでしょう。


キリストのヨーガ』より


第六章 リンポチェ大師の解く解脱の真理(三)

「こんどの旅が成功に終わって私も非常に嬉しい。しかしそういったことは実在ではないのだからね。密教を知るのもよいが、真理はそういったことよりも偉大なものであることをよく知って欲しい。」

「はい、心得ております。日を追う毎にそれがよく分かって参ります。それにしましても山中に籠(こも)っている隠遁者(いんとんしゃ)達はどうなんでしょうか。彼らも真理を見出したのでしょうか。「息子よ、それは違うね。山の中や海端(ばた)に蟄居(ちつきょ)したり、人参(じん)を喰べたり、一日中臍(へそ)に一心集中したからといって真理が分るものではない。

又世間から出離したからと云って分るものでもない。何故なら自分自身が世間だからだ。独立(ひとりだち)というのはないのだよ。それは心の中だけで造り上げられたものであって、大きな幻影にすぎない。その偽(いつわ)りを君に見悟らしめるためにこそ君をここに来させたのだ。

そうして始めて『真実なるもの』が分かるのだ。自分自身で偽りが分からなければ、私が分らせてあげるということもできはしない。君は長い年月(としつき)密教の勉強を片手間にやってきた。だからこそ私は君に『真実なるもの』を徹底的に悟って解脱して欲しいのだ。」

師は続け給う。「悟りは、ただの瞑想や暗示による信仰や、神秘的力で得られるものではなく、又、未来や過去において得られるわけのものでもないのだ。何故なら過去は記憶であり、未来は恐怖の混じった希望にすぎないからだ。このようなものは一切(いっさい)心の仮作(けさく)であって、真理は心を超えたものなのだ。」

「それではどうしたら真理に到達するのでしょうか。」「私としては、真理到達への妨げとなっている迷路を話せるだけだ。それが分かった時君は真理を発見するであろう。そうして始めて真理が本当に君のものになるのであって、他の人のものになるのではない。他の人のものをやってみた処でそれは真似事にすぎない。」

又只の分析で真理が悟れるものでもない。何故ならそれは過去をホジクルだけであり、解脱を得せしめる真理は過去に属するものではないからだ。単なる分析の過程(みちすじ)が偽りの過程(プロセス)であったことが分かると君はそれを放下(ほうか)してしまい、他の偽りの過程(プロセス)たち全部のように、君の心からは脱け落ちてしまうだろう。

君の心の中にあるのは死んだものばかりだ。それは生きているものではない。一方、真理はあらゆる瞬間において生き生きとし、水々しく生きている。真理は発見されるべきものであって、只単に信ずべきものでもなく、引用すべきものでもなく、心の中で造り上げるべきものでもない。

生き生きと水々しく生きていること、それが真理である。自分が生命そのものであり生命のあらゆる瞬間々々を生きること、それが真理である。このことを知るためには、あらゆるニセモノより、解脱し心情(こころ)を愛で満たしつつ自からを警(いまし)め、心を配っていなければならない。大抵の人々は生々と水々しく生きてはいたがらない。

彼らは寝て世間より逃避したがり、物事に直面をしたがらない。子供のように母親のエプロンの紐のうしろにかくれて嵐をよけたがる。一体嵐とは何か。つまるところそれは人間関係ではないか。私たちは各瞬間毎にこの関係を意識しなければならない。もし私が君を家具でも扱うように扱えば、吾々二人の間には何の関係もない。しかしお互いに理解し合った時始めて本当の関係が生ずる。

その時始めて自由があり得るのであり、自由の中にのみ真理は啓示されるのである。もし君が私は愛するが他の人は嫌っているという場合、君は真理を知っていると主張しうるだろうか。私には親切であるが他の人には不親切であれば、君は親切な人と云いうるだろうか。これこそ矛盾の極みではないか?」「こんなお話は今迄に聴いたこともありません。」

「無い筈だ。それは君が自分自身や、自分の想念や、動機、感情、願望と、その起こる原因と起こり方とをよく知らないからだ。小我(が)から出てくるものを一切除き去って始めて真理が本当に解るものである。真理が自分の中で繁茂するのを妨げているのは、このようなニセモノだけである。君の行為が真理に矛盾している場合、どうして真理を主張することができよう。」

師は更に語り続ける。「君がもし自分の体験なるものや、心の中にあるものによって左右されるならば、君は我(が)の心を超えたものを顕現することはできない。只、我の心の中にあるものだけしか表現できない。我の心の中にあるのはもともと真理ではないのだ。もし君の行為が君自身の体験から出てくるだけなら真理は君の中にはない。しかし君の行為が隣人を自分のように愛することから起きるのであれば、君は真理を顕現するようになるであろう。」

「息子よ、私が君を咎(とが)めてでもいると思うかね。」柔(やさ)しく師は尋ねられた。「大違いだよ。君に対する私の愛は私自身への愛よりも大きいからだ。君の知っている真理なるものが、君の見たもの、聞いたもの、読んだものの上に組み立てられたものであれば、それは上(うわ)っ面(つら)だけのものになる事を、今、君は悟ったのだ。

真理を発見するに当たっては、自分の心の中を探り、ニセモノを見つけ出さなければならない。君が我(が)の心の中で把(は)んでいるものはみな非真理なのだ。君は一介(いっかい)の単なる蓄音器でレコードが変るだけにすぎない。君自身が只人の音楽を聞くだけであってはならない。音楽家であると同時に音楽でなければならないのだ。

従って、吾が子よ、君は我(が)の心が、他人の考えていることや外物に対して、反応を起こして造り上げたものをよく見究(きわ)めなければならない。この造り上げられたものがニセモノであることをよくよく見届けなければならない。何故ならそれは遺骸(いがい)であって、破壊することも歪曲(まげ)ることもできない生ける真理ではないからである。生ける真理は我(が)の心で寄せ集めることはできないのだ。」

それだけ仰(おっしゃ)ると師は沈黙(だま)りつづけた。――私も黙ったままである。然り、この短い時間の間に私は或る変化を遂げた。それまでに私が学んできたものは後方(しりへ)に退き、実在が前に出て来たのである。それは、奇妙な情感であった。以前に体験したものに似てはいるがそれよりもっと強かった。それよりもっと深いこれは沈黙であった。

私が真理についてそれ迄に学んできたもの、聞いてきたものが、一瞬にして融け去ったのである。この深い沈黙の中で、私は自分が本当のことを知らなかった事を知った。そして、私自身が真理であること、私自身が今や生ける真理であること、何物もそのことを破壊しえず、何物もこの私を破壊しうるものではなく、何物も真理を歪曲(まげ)ることのできないことを、私は以前にも増して深く知ったのである。

それは私自身の真理であって、他の者の真理ではなかったのである。これから先はドンドン先へ進めるのである。実にその瞬間から私は何らの努力も苦労もなしに先へ進みうることが分かった。それ迄は、私にとって心理はむしろ一コの精神的観念にとどまっていたのであり、而(しか)もその事実を私は直視することができなかった。

それというのも自分の我(が)で真理と思ってきたものを手放したくなかったからである。しかし今や私は、善かれ悪しかれ、或は又どうでもいいようなことであれ、どんな事実にでも直面することができるようになった。そのような『事実』で真理――生ける真理――が変えられるものではない事をわたしは知ったのである。私自身が実在であることを私は知ったのである。

わたしを創造(つく)った『愛』が一切(すべて)を又創造ったのであることをわたしは知ったのである。この正覚が天上・天下の人間に与えられた神の力なのであった。私の思考は大いなる沈黙の中に融合し、その中から創造的想念が浮かんできた。わたしの混乱した我(が)の思い共(ども)が無の中へ融け去るとともに、私は単なる精神的観念ではないものが分かってきた。

人間的愛の観念を超えた完全に愛にみちた大いなる沈黙に私は到達していたのである。それは寝かされた時のような死せる沈黙ではなく、自分で造り出した沈黙でもない。一切の混乱せる想念や思考作用までが止む沈黙であり、この静けさの中で、いかなる外物によってももはや縛られなくなった時に、わたしは久遠常在の創造の本源を見出したのである。

しかも私はそれと一体なのである。今、且つ永遠にそれは私のものである。何人(なんびと)もそれをわたしから取り去りうる者はいない。愛は一切の被造物の中にある想像力であったのである。何故ならば神は愛でありすべては愛なる神と一体であり、神の他には何ものも存在しないからである。



最後までお読み頂き ありがとうございます。

平安と愛と善意 のご挨拶を送らせていただきます。

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きいたかぽん

Author:きいたかぽん
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某国立大電気工学科卒
制御装置、コンピュータ関連装置の開発経験を経て
独立

自身の ”がん”の手術直前に ”がん”が消えていた体験から
死と直面し、
死ぬときに残るのは”愛”だけと気づき、新しい生き方を探すようになる。

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