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自分の我の中には真理(愛)はないことはわかった。
一方、私がどのような我の状態であろうと、真理は喜々として沈黙のうちに在ることも、薄々感じている。

そして、自分自身だと思っている自分自身が本当の自分自身であるかどうか
自分自身とは 自分自身の思い出などの記憶、想念、思考ではない ということが明らかになった。

次の段階は、自分自身の思い出などの記憶、想念、思考 を徹底的に見つめることである。
自分自身が何故そのような思いをするかを知ることである。

知れば、偽物は二度と現れない。

以下は 備忘録として。

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「キリストのヨーガ 前編」

~第三章 リンポチェ大師の説く解脱の真理(二)~

さて、こうして新しい師匠を見出すと、時を移さずに教育が始まる。彼は先ず、一切の迷妄(まよい)と以前の生活の影を心から放下(ほか)すように命じられ、自分の心の中を見詰め、その中にあるものを観察することを仕込まれる。こうして彼は自分の心が、自分の我で造った種々様々の心象で満ちていること、その心象自体には本来は何の力もなく、実は自分自身がそれに力を与えていたことを悟る。

人間の想念と反応とは主として恐怖、心配、疑惑、無知によって生ずること、それらを、恰かも乞食の着物を脱ぎ捨てるがごとくに捨て去らねばならない事を悟る。かくして彼は、真我は、心の想念、心象、観念(かんがえ)や肉体や環境などによって成るものではない事を発見し、人間の思考の虚妄を徹見し始める。これが彼の修業における肝要な点である。心の掃除を通して彼は、外界の人々には解らない程の、注意と自己統御の集中力を開発する。

彼は一切の謬想(びゅうそう)〔間違った考え〕より自分自身を解放し、ありとしあらゆるものの背後にあるものの中へと開き入れる扉の前に立つ。そしてもはや前のような自分の観念(かんがえ)、思想や感情、反応の奴隷ではないのである。その時始めて彼は、肉体の機能、即ち心臓の鼓動、血液の循環などの統御がどんなに易しいことであるかを知らされる。彼の肉体は彼自身の指図に応える鋭敏な器となる。

彼の心は機敏にして明敏となり、何らの乱れもなく、ほんの微かな指令にも何時なんどきでも従う態勢となる。しかし以上は『道』のホンの始まりであり、残りは彼自身が独力で見い出さなければならない。何となれば、何人もその後の『道』を彼に示すことは出来ないからである」と垂示(すいじ)され、続けて、「吾が子よ、君が此処に来た時、君は丁度この段階にあったのだよ」とおっしゃるのであった。


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本日も最後までお読み頂き ありがとうございました。

平安と愛と善意のご挨拶を送らせていただきます。

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きいたかぽん

Author:きいたかぽん
FC2ブログへようこそ!

某国立大電気工学科卒
制御装置、コンピュータ関連装置の開発経験を経て
独立

自身の ”がん”の手術直前に ”がん”が消えていた体験から
死と直面し、
死ぬときに残るのは”愛”だけと気づき、新しい生き方を探すようになる。

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