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宝瓶宮福音書 22-11~13で 
11 ラマース、「なるほど、いわれる通りです。次に人間とは何ですか。」
12イエス、「人間とは真理と虚偽の不思議な混合体です。
13 人間とは聖気が肉体となったもので、真理と虚偽が結ばれて人間となります。それから両者は戦います。そして無は沈み、人間は真理として残ります。」
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真理は「愛」
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コリント人への第一の手紙13章4~7節


4 愛は寛容であり、愛は情深い。
  また、ねたむことをしない。
  愛は高ぶらない、誇らない。
5 不作法をしない、自分の利益を求めない、
  いらだたない、恨みをいだかない。
6 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
7 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。

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「愛」であるためには、虚偽を真理と見分ける
自分自身が虚偽を表現していないかを 見張ること
下のヨハネによる福音書第12章25節から26節 の「自分の命」とは、虚偽である自分
永遠の命とは真理・愛
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ヨハネによる福音書第12章25節から26節
「自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は3、それを保って永遠の命に至る。 わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる。わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる」


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虚偽に満たされているとき
愛の反対の状態となる。

常に自分の状態を監視するしかないけれど、
また、慣れないうちは大変だけど
これを繰り返し、習慣化するしかないのかな
と、想う日々です。
虚偽から真理への切り替えには、虚偽を見抜き、虚偽への執着を切り捨てる
そして繰り返し真理の本を読むことにより 真理を悟得していくこと
そうすることで、本来存在している愛の自然な奔流と安らぎを実感する
という作業を繰り返すしかない。まだまだですが、不退転の決意あり。


では、少し長くなりますが、

心身の神癒 第二話

~『・・・しかして声天より来れり』~ より



52 あなたたちの中にいます聖なる力はわたしの中にあるのと同じものである。あなたたちの意識がより偉大なる神意識へと展開するにつれてあなたたちはわたしを直接知るようになるであろう。

53 神我(キリスト)の声は無畏であり全きまでに強力である。神我は征服者であり、又今後も征服していく、なぜならば神我が一切のものを支配することが神の律法(おきて)であるからである

54 十字架という象徴は人の裡なる神我(キリスト)、手もて造られざる神殿〔肉体〕の中における覚醒(めざめ)、聖化、蘇り、昇天の謂である。これこそが征服者、神我である。その過程はすでにあなたたちに説明した。従って再説の必要はないが、わたしの語った言葉を再読すればあなたたちの裡なるみ霊が真理について尚多くを明かすであろう。

55 あなたたち〔の神我〕が展開するにつれて、み霊はあなたたちの心情(ハート)の秘められた房(ヘヤ)の中にある秘密をあなたたちの意識に明かすであろう。

56 神我(キリスト)とは神の言葉、神であった言葉、神と偕にあった言葉、肉となった言葉である。

57 これこそが父なる神の知り給うあなたたち、すなわち、実在の中にあるあなたたちの神我であり、従ってあなたたち自身が吾也として知らなければならないものである。

58 肉の感官の声は影の声、分離、制約、病苦、死を示唆する悪魔である。神の一人子、すべての父なる神我を固守せよ。

59 悪魔を恐れるな、恐るべきものは何ひとつとしてないからである。あなたたちとしては、「肉の心なる悪魔よ、我が背後(うしろ)に退がれ、わたしは人の子にして又神の子、征服者であるぞ。わたしは自分の力で生きるのではなく、常にわたしと偕にいます父なる神によって生きるのである。父なる神こそがわたしの導き手であるぞ」と云いさえすればよい。

60 わたしの中で、平安を得るがよい、とかってわたしは語ったことがある。世にあるあなたたちは苦難に遭うであろうが、勇気を奮い起こすがよい。わたしはすでに世に打ち克ったのであるから、あなたたちもまた世に克つのである。

61 神我は父なる神、すべてを支配し給うみ霊、生ける大生命のみ子であり、すべての魂の中に宿っている。聖霊とは、「吾は生命なり」と悟了したキリスト意識の完全なる現れである。何ものもあなたたちを襲うことはできない、なぜならばわたしは裡なる征服者であるからである。

あなたたちが自分自身の情念(ハート)と精神との中でこの真理を感じ得るならばあなたたちもまた征服者であり、従って無礙自在であることを知るであろう。かくて感官という悪魔は征服される。『サタンよ、わが後ろに去れ』。

62 では神我を通して神を拝するがよい。その他に道はない、未だかってあったためしもない、形ばかりを除いては。わたしはかつて生き、十字架につけられた者である。しかし見よ、わたしは尚も永遠に生きている。

63 わたしは道であり、真理であり、生命である。何人もわたしによるのでなければ父のみ許には参れぬ。キリストとは至上無限の生命意識が世に顕現(あらわ)れたもののことである。

64 神我は真理であり、生命であり、すべてを神に結び合わせる愛である。愛によってのみあなたたちは神と偕にあることができるのである。それは神が愛だからである。

65 わたしは愛によって父なる神と一体である。汝魂を尽くし、情念(ハート)を尽くし、心を尽くし、力を尽くして汝の神なる主を愛すべし。汝の隣人を己自身のごとくに愛すべし。

66 キリストは世に降誕した神の子であり、世がその相貌(すがた)を変えるまで世に留まる。故に天において成就されている父の意志は地上においてもまた成就するであろう。



本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
平安と愛と善意のご挨拶を送らせていただきます。



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きいたかぽん

Author:きいたかぽん
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某国立大電気工学科卒
制御装置、コンピュータ関連装置の開発経験を経て
独立

自身の ”がん”の手術直前に ”がん”が消えていた体験から
死と直面し、
死ぬときに残るのは”愛”だけと気づき、新しい生き方を探すようになる。

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